他人は他人、私は私

酸っぱい葡萄思考を極めればこうなる例。

他のダメ人間系ブログではよく見られるのが恋愛、経済、仕事、生き方…何かと他人と自分を比較して嫉妬や絶望感に浸ってしまう事。

正直、今の私には共感できない。

別の理由での絶望感はあるけれど、嫉妬や羨望は特にないな。まぁ、こんなこと言ってたらダメブログにならないんだけどさ。

その理由が2つ

1つは、他人との比較を辞めてしまったこと。大学時代にバッキバキに挫折してしまった際に、「俺もう終わったな、普通の人生歩めねえわ。我が道を探すわ」と開き直ったからだと思う。だから、自分本位で判断出来るようになるし、何より気楽にいられるようになった。

ま、これが私がダメ人間たる所以なんだが。自分本位故に中々行動起こせてないし。

もう1つは、「他人は他人、私は私」
この言葉を胸に強く刻んでるからだと思う。

大学入るまではリア充生活とか青春したいとかよく思っていたが、いざ自分の人嫌いっぷりでリア充コミュニティに入るといろいろ苦労させられた。

何かと遊びに誘われるので、一人の時間が取れなかったりするのがキツイのと集団の中に入っても素を出すとすぐに孤立してしまうので無理して違うキャラを演じたり気を遣うのですっげえ疲れる。

リア充って大変なんだな。

毎日ああやってて心から楽しんでる人って私と根本的に作りが違う生き物だろって思う。

ぼっち気質な人間はリア充なんかになるもんじゃないと思った。

こういった経験から、誰もが羨むような話を聞いても、他人は他人、自分は自分と考えてしまい嫉妬すらしなくなった。

例えばモテモテな人の立場にもし今の自分がなってもコミュ障爆発で気まずさ全開、自分もまわりの女も傷付くのが見えている。

じゃあコミュ障じゃない自分になれたらってそれはもう自分じゃなくて他の誰かだから。良いところ悪いところ含めて自分の性格が作られてるから改変したらそれは自分じゃない赤の他人。

他人の体験・経験なんて自分では味わうことが出来ない。だから結局今の自分の価値観でしか考えられない。それ故、自分の痛み苦しみを完全に理解してくれる人がいないし、他人のそれも完全には理解出来ない。

外を歩けばカップルや家族連れが幸せそうに歩いているけれど、その裏には大なり小なり人に言えない苦労やドロドロしたもんがあるんだろうな。

こうした黒い裏事情がない本当に幸せな場所って、実は地球上の何処にも存在しないのかもしれんね。

そんな思考からこの先の人生に絶望する私が出来上がってしまったのだった。

広告